湿度の話から始まって

今朝職場の人に教えてもらって学び直しました。

天気予報などで言う「湿度」って、大気中に水分が溶けていられる許容量に対してどのくらい割合の水分量があるかということ。その許容量は気温によって変化する(気温が高いほど大気中に含まれうる水分量は多くなる)ので、同じ湿度でも気温が低いときには高い時ほど空気中の水分の絶対量は少ないと。

そして、湿度100%というと水中にいるのと同じかと思いきや、そういうことではなくて空気中の水分量がその温度での許容量一杯ということなので、水中にいるのよりもずいぶん乾燥している状態だよね。ちなみに許容量を越えると水滴になってしまい霧などになります。

どっかで習っていたと思うけど、覚えてないわ〜。
ま、忘れてしまうからこそ、目からウロコの驚きや関心の数が増えて、人生楽しくなるし、理科の授業とかで学び立ての子供にバカにされるかわいい大人であれるわけなので、いいね。

しかし、忘れてしまって日常的な直感にまかせるとおよそ「非科学的」理解に至ってしまうというところが、「科学的」理解の特徴をよく示してますね。「科学的理解」は人間の日常的感覚、視線から以下に脱却してものを捉えるかという挑戦と苦闘の積み重ねでできているわけですからね。

近代の科学の時代になってからその日常的感覚、直感的理解を「非科学的」として切り捨てる傾向が強いですが、どっちが正しくてどっちが間違いとかいうものでもないですよね。

最近はそうしたある意味非人間的な科学の方向を見直して、人間にとっての科学—人間のための科学という意味もあるし、人間視線での科学という意味もある—が問われてきていると思います。

私もその「人間にとっての科学とは何か」が最近の自分の研究の軸になってきました。

ひょんな朝のやり取りからこんなところまで来てしまいました。おもしろい。

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